2015/9/13(Sun)
風立ちぬ。いざ生きめやも。
主人公の男がふと独りごちたその詩句ほど「秋」をダイナミックに描いた言葉を僕は知らない。
肺を病んで命の灯火も残り僅かな恋人と過ごすサナトリウム。悲しい現実とは対照的に描かれる、信州の美しい自然が織りなす四季折々の風景は、湿っぽくなってもおかしくないストーリーを透き通った冷涼感に包み込む。
今や「青空文庫」でも読める戦前の旧作ながら、時代の淘汰を受けてもなお光彩を失わない。
切なさややり切れなさが、その言葉を一度も用いることなく描かれた珠玉の恋愛小説である。
小谷隆