2015/7/4(Sat)
運河にかかった橋の上で、彼女は歩道と車道を隔てる縁石に腰かけていた。この橋も河もなかった頃から、昭和と平成をまるごと見てきたであろうその両眼を、何を眺めるともなく遥か遠くに向けながら。
小柄な体躯を包むさっぱりとした藍の着物は何かのお師匠さんといった風情。艶やかだったであろう往年の名残が漂う。
彼女は微笑んでいた。笑顔に沿って深い皺が穏やかな陰影を描く。どれほどの幸福を重ねたらこんなふうに笑えるか。
「お幸せに」
通りすがりの僕にはからずも彼女はそう言った。
幸せになれそうな気がした。
小谷隆